engelico's blog

『上』から伝えられるメッセージに対して 私が「感じたこと」「思ったこと」「考えたこと」を投稿しています。

『上』の優しさ

 

人に与えられた時間は

そもそも 有限なのである

 

 

『上』に言われた一言

 

チャネリングの際メッセージを伝えてくれる存在を

私は『上』と呼んでいます

 

私は よくボーとしてしまいます

何をするでもなく

何を考えているわけでもなく

 

気がつくと ものすごく

時間がたっていて

遅刻しそうになることが

日常茶飯事

 

そのため 出がけは

いつも焦っています

 

「また やっちゃった」と

反省するのですが…

 

今日も掃除をしている最中

もう少しで掃除機をかけ終わるのに

掃除機を置いて

ボーっとしてしまったのです

 

「いい加減にしないと」と

いつも 反省して

「もう二度とボーっとしません」と

自分に誓うのですが

また 同じように

ボーっとしてしまうのです

 

そんな私に『上』が言ったのが

最初の一言なのです

 

私たち人間は 必ず 

今の肉体にお別れをいう日がきます

 

ですから 

『上』に言われるまでもなく

時間が 有限なことは

分かっています

 

私は てっきり

『上』に𠮟られるのかと思ったら

 

この一言の後に

 

時間は自分の好きなように

使ってよい

だから 後悔しなくてよい

 

 

と続いたのです

 

「は?」

 

「私 ボーっとしていいの?」

 

『上』が伝えようとしていたことを

要約すると

 

『私たちにとって

時間は 有限なもの

ですから その使い方は

よく考える必要がある

 

しかし ボーっとしていても

その間 私の心が休んでいたり

潜在意識で何かを考えていたり

 

あるいは ボーっとすることで

自分のバランスを取っていたりと

必要があってボーっとしているはず

 

だから 時間の使い方を

自らが否定してしまうことは

自分自身を否定することに

繋がってしまう

 

どのような時間の使い方をしたとしても

そのことを後悔するようなことは

しない方が良い』

 

 

『上』の優しさだと思いました

 

本当は ボーっとせずに

やることをしっかりやる方が

時間を有効に活用することができ

今生で取り組むことができる課題の数も

増えるはずです

 

でも なかなか 思うように

行動することができない私は

いつも後悔している

 

後悔するエネルギーは

自分をより下げることになる

 

できていないと𠮟って

より一層エネルギーを下げさせるより

後悔しなくていいよと言って

エネルギーを現状維持した方がいい

 

という『上』の策

ではなく

『上』の優しさなのでしょう

 

『上』の優しさに感謝しつつ

ボーっとする時間は

やっぱり減らさないと…

 

まずは ボーっとして

私は何を得ているのかを

観察してみようと思いました