engelico's blog

『上』から伝えられるメッセージに対して 私が「感じたこと」「思ったこと」「考えたこと」を投稿しています。

立ち止まり考えることの重要性

どうにもならないことが起きた時

それは

立ち止まり考えろのサイン

 

どれだけ客観的に

自分を見つめることができるのか

それを試されているのである

 

 

生きていると自分では

どうすることもできないことが

起きることがあります

 

抗う気力があれば

まだ 良い方で

 

本当にどうすることもできない時は

ただ ただ 

途方に暮れるしかありません

 

目の前で起きたことが

現実であると受け入れるのに

かなりの時間を要したり

現実であると受け入れることすら

困難なときもあります

 

でも 現実は容赦なく

目の前に立ちはだかります

 

認めざるを得ない

最後は その現実を

受け入れるのですが

それには

かなりの時間が必要ですし

当然 痛みも伴うことでしょう

 

『上』は

このような時にこそ

「立ち止まり考えろ」と

言うのです

 

現実を受け入れなかったり

現実から逃避するのではなく

その状況を客観的に見つめ

今の自分に何が必要なのかを

考えることができるかどうかが

試されているというのです

 

「何を考えるのか」

「どのような答えを導き出すのか」

ではなく

その状況に どのように

向き合うのかが試されている

 

つまり その人の魂が

どれくらい学びを

進められているのかの

確認テストということのようです

 

その出来事に

どう対処するのかではなく

その出来事から

何を学ぶのかが

大切ということなのでしょう

 

 

チャネリングの際メッセージを伝えてくれる存在を

私は『上』と呼んでいます